2004年06月04日

「猛母参戦」を振り返って....。

この日記は、2006年10月23日に書いたものです。

「猛母参戦!」というタイトルでブログを書き始め、一つの段階までたどりついたので、一度区切りをつけるために綴ったものです。

Seesaaブログに引越しするにあたり、タイトルを変更しました。

娘のためにではなく、今後は多くの化学物質過敏症の人たちや、病気を抱えている方たちのために綴って行きたいと思います。

宜しくお願いします。1173183814326[1].gif



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私がこのブログを書き始めたのは、2004年6月4日でした。あれからいろいろなことがありました。

当時は娘は4年生。

2003年2月に学校改修工事があり、3月から様子がおかしくなり、6月9日に激しい頭痛に襲われ、10月に北里研究所病院にて「化学物質過敏症」を診断されました。

娘の発症から、あらゆるインターネットサイトで情報を収集しました。

果ては「シックビル症候群」の発見と治療では一歩進んでいたアメリカの「シックビル症候群のサイト」まで行き、その頃では日本の専門医でも知らなかった「温熱療法」や「サウナ療法」に出会いました。

ページを翻訳ソフトにかけながら徹夜で読み漁りました。

多くの医者よりもその病気で苦しんでいる人たちから得る情報がどれだけありがたかったことでしょう。

沢山の方との出会いもありました。

東京都で発生したシックスクール児童の保護者の方々との連携も一時は試みました。

しかしながら、多くの保護者の方々は、発生責任の追求や補償問題との取り組み、行政機関との交渉で多忙でした。

結局のところ、自分の娘を治せるのは私しかいない。そう思いました。

確かに、危険要素を含んでいる場所からの避難は必要でした。娘の場合も、2003年、2004年と二年続けての学校の改修工事では、二年目の改修工事のときには1ヵ月半以上もの間登校することができませんでした。

近隣の学校も、シックスクール児童の受け入れに消極的でした。その間、娘は自宅で自習でした。家にいれば元気なのに、と親子でなんともいえない日々を送りました。

様々な行政改革が行われました。泥縄式ではありましたが、娘の発症により、私たちが住む区では、シックスクールに関する条例が作られ、それにともない、学校への指導要綱も作られました。

また、学校との交渉で苦労した私たちの願いの一つには、学校の第三者評価機関システムの導入でした。これも昨年から実施されています。

また、この病気は難病指定どころか疾病として認定されていなかったのですが、一昨年のこと、当時の厚生労働大臣が「シックハウスの治療として効果があるのであれば、それは治療と見なす」という見解を述べてくれたことにより、疾病コードがつけられました。

疾病コードがついたものの、各医療機関への通達が徹底されず、患者である私たちがコードb教えるような有様でした。

2003年当時は専門医以外の医者は、まだシックハウスや化学物質過敏症の認識が薄く理解してもらえず、「神経質な親」「精神的なもんだろう」と取り合ってももらえませんでした。

ところが、2004年、2005年と年を追うごとに、眼科や耳鼻科、小児科、内科、皮膚科の医師たちも「化学物質過敏症患者です」と申告すると、怪訝な顔もせず、熱心に治療方法や日々の生活の工夫など逆に質問されるようになりました。

今では、住まいの近隣の医者からは理解されるようになりました。

どこの病院に行っても、専門医以外の医者からは相手にもされていなかった頃が嘘のようです。

また、建築業界もこの2年間で目覚しい進歩を遂げています。

あるとき2チャンネルで「このおたまは馬鹿だな。化学物質過敏症だといいながら、モデルハウスに行ってラー」と皮肉を書かれたこともあります。ふらふら

確かに、モデルハウスに行くのは勇気と覚悟がいりました。

【モデルハウスめぐり】が好きというのもありますが、私の一番の目的は「建築会社の方々に、もっと化学物質過敏症を理解してもらおう。1%未満の含有量でも反応してしまう人がいるのだ。全ての化学物質を合計して考えて欲しい。天然でもダメなものがある」と言うことを、一つでも多くの建築メーカーの方々に知ってもらいたい。その一心でした。

入り口でまず「あのー。私と娘は化学物質過敏症患者なのですが、お宅のモデルハウスは入れますか?」と聞くと、2年前までは入り口で止められることもありました。

中には、「すみません。そこには入らないでください。断熱材をカットして中を見せています。断熱材の材料から化学物質が放散されているので、やめてください」という建築会社もありました。

ところが、最近ではそういう建築会社は少なくなりました。テレビ番組でも「ケミカルフリーハウス」の特集や、「ビフォー&アフター」というリフォームの番組が放送され、その中でも「シックハウス」に関する取り組みが行われていました。

近隣のモデルハウスでは、そういう「ケミカルフリー」を宣伝文句としている建築会社が増えてきました。結果的に大量受注する一般的な建築会社も「右へ習え」になっています。

この病気は難病だと言われました。完治は絶対にない、とも言われました。

でもどうでしょう?

完治とは言えなくとも、少なくとも娘の体の化学物質に対するコップの中身は確実に減少しています。

誰でもなる病気がこの病気の危険性であるのなら、娘もいつ再発してもおかしくはないのですね。

そして、この病気の厄介なところは、最初の発症よりも二回目の発症の方が重症になるということです。センサーが過敏になっているので、症状も重症なのだそうです。

であれば、徹底的に娘に教育しておくしかありません。今では娘も自分でどこかへ出かけると「入ってよいか。ダメか」を判断できるようになりました。

また、頭痛が起こった時の対処方法も会得しました。

「化学物質過敏症だから、どこへも行けない。人とも会わない」では、まだ12歳になったばかりの娘の将来は真っ暗です。

まだまだいつ何が起こるかわかりませんが、これからの日々は工夫と注意をしながら、毎日生きて行こうと思います。

私たち大人が「便利。簡単。手軽。良く落ちる。良くつく」など目先のことに囚われて使っていた「日用品雑貨」や「食品」「化粧品」などのツケが、「化学物質過敏症」を引き起こした要因の一つであることは間違いありません。

スローライフが最近では注目されていますが、昔ながらのおばあちゃんの知恵も取り入れながら、一手間かけても安全で環境と人に優しい生活を続けていきたいと思います。

このブログは、このままおいておきます。

学校との様々な折衝に関する記述もあったのですが、来年の春まで未公開とします。

昨年の春、2チャンネルに、学校の住所と私たちの住まいの住所の地図が貼り付けられ、娘の学校のHPのURLまで公表されてしまいました。

そのために、娘も恐怖感に囚われて一時期は一人で外出することもできませんでした。

学校長ともいろいろとありましたが、今はとてもよい関係を築いています。校長も娘のことをいつも目にかけてくださり、お会いすると「最近学校で、空気清浄機をつけなくても元気だし、保健室にも行かなくなりましたね。本当によかった」と声をかけてくださいます。

そうなるまでには、お互い葛藤があったのですが、冷静に話し合いの場を持ちさえできれば、学校との歩み寄りは不可能ではないと思います。

自分自身の利害を気にするのはある意味当然です。それぞれの立場があれば、個人としてはOKでも、公人としてはNOというしかないこともあります。

今後、どなたかがこのブログを遡り、何かのお役に立てることもあるかもしれません。

来年の春には公開しますので、それまでお待ちください。

ここも化学物質過敏症患者やシックスクールに有効な情報があれば、また更新します。

でも、「猛母参戦」は参戦を終わることにします。

今まで長い文章にお付き合いくださり、ありがとうございました。

皆様もどうぞお元気で。

また、どこかで別の形でお目にかかることもあるかもしれません。

TUZI22.gifシックスクール等のお問合せは左上の「お問合せ」からどうぞ。





















posted by おたま at 01:00| Comment(9) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
おたまさん<BR>お久しぶりです<BR>ほんとにいろいろなことがあったんですね<BR>おたまさんのブログで今までしらなかった<BR>いろいろなことを教えていただきました<BR>来年の春をまた楽しみにしています<BR>お元気でおすごしくださいね<BR>まってまーす (*^。^*)
Posted by みんみん at 2006年10月23日 03:42
おたまさんの行動力、見識、感銘しました。<BR>僕のようにのんきに生きて行かれる事、神様に感謝せねばといった気持ちに<BR>させられます。<BR><BR>緩やかではあるけれど行動する事により世の中少しづつかもしれないけど<BR>個人の力で変える事ができるのですね。<BR>
Posted by coho at 2006年10月23日 09:54
沢山の様々なことがあったのですね。<BR>それで、各方面において、意識の変化、対応の変化が顕著にみられる結果となったのは、<BR>おたまさんをはじめとする関係者の方達の努力の成果だと思います。<BR>お嬢さんも、症状も良くなっておられるようでホントによかったです。<BR>このまま、快適で安全な暮らしが続いていくといいですね。<BR>参戦をおえられるということでちょっぴりホロリです。。<BR>でも、おたまさんの目指そうとしたことが実現に向かっているという証でもあるので、喜ぶべきことですね。<BR>また、お目にかかれる日を、ご一緒できる日を楽しみにしております。<BR>今これを書いている左手に、おたまさんの書かれた文字が光ってみえますよ。<BR>”子供たちの未来をケミカルフリー社会に!” うん、これから先、まだまだ行政も、医療も、社会も、個々人の意識も、どんどん変わっていくと思います。<BR>
Posted by てるてるん at 2006年10月23日 17:34
おたまさん、いつもながら意気軒昂なご様子。<BR>「黙っていないで行動する」<BR>私も見習えたらと思います。<BR>またきっと、会えますね。
Posted by emichan/su at 2006年10月23日 23:15
みんみんさん。<BR>私たちが経験したことなんて、多くの化学物質過敏症患者の方から比べれば、たいしたことないんですよ。<BR>きっと、この経験がいつの日か多くの方にとってお役に立てる日がくるのでしょうね。<BR>そう思えば、たいしたことないです。<BR><BR>cohoさん。<BR>結局、人なんですよ。怒っているだけでは何も始まらない。互いに一人の人間として、直球勝負すれば、最後は分かり合えるのではないのでしょうか。<BR>
Posted by おたま at 2006年10月24日 01:06
てるてるん さん。これでさようならではないですから、また時々更新します。<BR>参戦ばかりしていても、何も変わらないということも学びました。相手の立場を理解し、「あなたも辛いのねー。でも、こっちは命がかかっているのよー」と素直に訴え続けたのが良かったようです。マスコミを利用しなかった分、娘のことが公にならないので、「おかしな親子」と白い目で見る人もいましたが、今はそんな人たちとの笑って話せます。<BR><BR>emichan/suさん。<BR>きっと会えます。(^-^) 行動するしかない。それが事実です。やるっきゃない。そう思って過ごしていただけです。<BR>食欲の秋。娘は天高く馬肥える秋を堪能しています。(^^;)
Posted by おたま at 2006年10月24日 01:13
>でも、「猛母参戦」は参戦を終わることにします。<BR><BR>お疲れさまでした!<BR>とりあえず一区切りってところでしょうか?<BR><BR>ゆっくりいろいろ考えて次のステップを踏んでください。
Posted by good at 2006年10月24日 20:50
goodさん。<BR>お久しぶりです。そうですね。暫くしたら、日記風にこれまでの経緯をまとめてみたいと思っています。<BR>今は超多忙なので、暫くはお休みです。コメントありがとうございました。
Posted by おたま at 2006年11月02日 03:07
初めまして
突然のお願いで大変申し訳ありません。
当サイトは、病気の皆様が集まるSNSです。
もし、良ければ貴ブログを当SNS内に登録して頂けないでしょうか。
何卒宜しくお願い致します。(^_^)
http://www.joy-mix.com/illness/
病気SNS illness スタッフ
Posted by illness スタッフ at 2009年05月24日 17:11
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